これも前から気になってた本なんですヨ。
犯罪、というかむしろ社会学関係のネタで、その筋では有名なサイトがあるんですが。
「少年犯罪の増加がどーの」っていう人が出て来たときに反証としてよく挙げられる。
少年犯罪データベース
このサイトの主催者の本。
人文科学系のオカルト批判ってのは、案外、日本では少ないような〜
人文科学系のオカルトってのは、歴史修正主義とか『嫌韓流』みたいな、保守系の中でも程度の低いやつ;
まあ、その手の人文系のオカルト自体が、まともに扱われるほどの代物でもない、真っ正面から批判するほどきちんとした論説でもなくて、単に好き勝手言ってるだけでしかないせい、もあるんだろうけどさ。
んー実際のところ、まともに拝聴するだけ価値のある論説ってのは、右とか左とかって安易なジャンル分けできないもので。
(そういう人達は、お仕着せの思想ではなく、自分のスタンスから思想を語ってるからね)
もしかすると、この本や筆者のサイトで論われてるような問題点と、根本では通じてるんじゃないかって気がする。
WEBサイトをまとめただけの本って多いけどねー。まあそういうのは、大概、スッカスカで、有料の本として売り出すのも痴がましいんだけども。
この本の場合は、元のWEBサイトのデータ量がすごくて。
戦前の新聞記事や、各種手記、裁判記録とかをひたすら蒐集してるわけ。
ただし……WEBサイトのノリのせいか、語り口がフランクすぎる(笑)
といっても、むしろ、筆者が槍玉に挙げるようなアホな連中の言い方を、そっくりそのままパロディにしてるんじゃないかって気がする。
そう理解しておけば、この筆者の語り口も充分に面白がれる。
どんな調子で語っていようと、挙げられてる膨大な事件の記録、まずそれに圧倒される。
列挙されてる、戦前の事件がヒドいわ;
1件でも現代なら、一ヶ月くらいはワイドショーが連日ネタにしそうなものばかりで。
戦前は、殺人事件や傷害致死なんてアタリマエだし、子供が悪いことをするのもアタリマエ、躾もしないのもアタリマエ、そして子供が死ぬのもアタリマエだったんだな、と。
そういう事件がアタリマエであるくらい、社会全体が野蛮だった。
21世紀の今の社会からすれば野蛮としかいいようのない社会情勢だけど、当時の人にはそれがアタリマエだったから、社会問題として騒ぐほどのことでもなかった。(論客の中には騒いでた人もいた)
そういう重犯罪を犯した人への処分も、子供や学生(昔は高校生なんてチョーエリートだったので)、軍人といった特権階級だと罪が軽いし、重犯罪とはされなかったのだね。一高生(今の東大教養学部)の連中が徒党を組んで、今のヤンキーさながら街を荒らし回ってたまに人死にが出たとしても、許された。
そういう社会だった。エリートへの過保護な。
要は、巷間で喧伝されるような、「少年の犯罪が増えてる」だとか、「治安が悪化してる」だとか、「戦前の教育は素晴らしかった」(マジでこういうこという人いるんだよー)、みたいなのは全部、オカルトに過ぎないってこと。
学級崩壊だの、イジメだの、ロリコン犯罪だの、バカ学生だのと、特に保守派の論客がしたり顔で批判するような社会問題についていえば、昔のほうがヒドかった、と。
事件の記事の合間に書かれてる当時の風潮というのもイロイロ興味深い。
むしろ戦前は体罰禁止だったとか、旧制高校生はロクデナシの集まりだとか。貧しさゆえの犯罪よりも、エリート階層のオモシロ半分による凶悪犯罪がヒドかったとか。
まあ総じて、当時から現代まで、日本はずっと、モラリティも向上し続けてるし、社会も平和で住みやすくなり続けてる、んだよね、ホントのところ。
その、どんどん社会がよくなってるという傾向については、実は、戦争も敗戦も戦後の民主教育も、そういった外因は、大きな影響はあんまり与えてないんじゃないだろか。
民主主義そのものは大正時代のバブル期に花開いたわけだし(そりゃー生活が豊かになれば、他人を思いやるココロの分量も増えようってものだ)、別に、終戦後に日本に持ち込まれたわけでもない。
急激にではなく徐々に進行していったし、誰にとっても好ましい方向への変化だったから、社会問題として論う人はいなかった。
社会全体のモラリティが向上したので、むしろ、その中で昔ながらの野蛮さが目立つようになってきたにすぎないんじゃなかろか。
本で挙げられてるのはあくまで、活字記録だから、実際にはもっと多くの事件が起きてるだろうし、活字記録に残るというのはむしろ希な事件なのかも知れないけど。
しかし、昨今の事件の報道を見たところで、戦前ほどこれだけ事件が頻発してるようには思えないし。
あと、筆者はどうやら、2・26事件について一家言あるようで。
私ゃあんまり2・26事件については知らないんすけどね。若い軍人のクーデター未遂、てぐらいしか。
それを、鬱屈した若者の暴走、現代の秋葉原通り魔事件なんかと同じ、と言い切っちゃうのは、ナルホド、と、納得させられる。
ルサンチマンを溜め続けて、デカいことを起こしたい、自己顕示のための犯罪、にすぎないのか。
単に鬱屈してるだけならまだしも、外からの切っ掛け(大きいのは北一輝かねえ)で妄想を具体化しようとした……と。
筆者が何度も書中で繰り返してるのだけど。
マスメディア上で評論家がしたり顔で「最近は〜」と苦言を呈してみせるけども、彼らのいう言論は根本から間違ってる、そんなのはこういった事件の記録を漁ってみればすぐにわかることなのに、「最近の若者は」だの「治安の悪化が、」だのといわれて信じ込むアホが多い、と。
んー。
売らんかな主義のマスコミもあるし、オピニオンリーダーを気取って自己実現したいって論客もいるし、あるいはもっと直接的に昔の栄華を取り戻したいって老害もいるだろうし。
不満を溜めてる連中にキッカケを与えれば、ある程度好きなように操れる、なんてのは昨今のWEBのアレコレ見てもよくわかるし(笑)
(実際、過激なオピニオンリーダーなんてほんのごく少数な気がする。その他大勢は、踊らにゃ損損て機会を待ってるアホとか、盲目的な信者とか、たまたま利害が一致しちゃったその場限りのフォロワーとかだし)
その根底にあるのは、オカルト的、多神教的な偶像崇拝なのかもなーという気がする。
叡智とかヒューマニズムといった形而上の概念でなく、かつて実在したけど既に失われた物を崇拝するとかさ。
権威主義も同じ。
だけど、理想社会を過去に求めるってこれ、アブラハムの宗教で言うエデンの園への信仰じゃね?;
過去や伝統に拘泥しないことこそ日本の伝統文化の神髄だと思うのだが。
そう考えると、懐古主義って、実はとっても西洋的なテツガクなのかもなーと思ってみた。
2010年07月27日
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